
どうも、チャチャ丸です。最近になっても毎日のようにお米に関するニュースが流れてきます。今日はおチャチャ結論をまとめてみました。もしよろしければご覧ください。
2025年、日本のコメ市場はかつてない混乱に見舞われている。食卓に欠かせない主食である米が品薄となり、小売価格は上昇。飲食業界や給食現場でも深刻な影響が広がっている。表面的には「天候不順による不作」や「農家の減少」がその要因とされているが、事の本質はそれほど単純ではない。
報道各社が相次いでスクープを放ち、SNS上でも大きな議論となったのが、農業協同組合(JA)が深く関与する「備蓄米ビジネス」の実態である。今回のコメ不足と価格高騰、そして備蓄米の放出をめぐる制度的混乱の裏には、「JAを頂点とする閉鎖的な農業利権構造」が強く影を落としている。
「ドンキ社長」の指摘──なぜ米流通は前時代的なのか
ディスカウントストア大手「ドン・キホーテ」の大原孝治社長が、「米の流通経路は際立って前時代的」と喝破した発言が話題となった。実際、コメは依然としてJAを中心とした流通構造に大きく依存しており、自由市場的な価格形成や迅速な物流対応がなされにくいのが実情である。
農家がコメを生産しても、その大半はまずJAに出荷され、集荷・保管・流通の過程を経て市場に供給される。この過程には多くの中間コストが含まれ、しかも流通スピードは極めて遅い。たとえば、小泉進次郎元環境相が推進したプラスチックごみ削減政策のような「圧倒的スピード感」がまったく存在しない。
今回のコメ価格高騰を受け、政府は備蓄米の放出を決定したが、現場ではその実行が遅れた。なぜか? その理由を突き詰めていくと、「JAの影」がくっきりと浮かび上がってくる。
備蓄米放出で“困る”のは誰か──JAが保管する低温倉庫の収入減
共同通信が2024年6月1日に配信したスクープ記事「備蓄米放出で倉庫収入消失」によれば、備蓄米の大規模放出によって全国各地の倉庫で保管料が激減する見通しとなった。備蓄米は政府が市場の安定のために保有しているが、60万トンを超える量が一気に市場に流れたことで、東京ドーム8個分に相当する空きスペースが生じ、月あたり約4億6千万円もの保管料が失われる可能性があるという。
この事態によって、「廃業を検討する倉庫業者もある」と報じられている。だが、ここで注目すべきなのは、こうした備蓄米の保管を請け負っていた倉庫の相当数が、JAによって運営されていた点だ。
JAは、農家から集荷した米を自らの低温倉庫で保管してきた。最新設備を備えた巨大倉庫も多く、国からの備蓄米保管契約を受けて収益を上げる重要な事業となっていた。つまり、備蓄米が放出されることで「収入源が失われる」のはJA自身でもあったというわけだ。
そのため、「なぜ備蓄米の放出がここまで遅れたのか」「なぜ流通に時間がかかったのか」といった疑問が、JAと備蓄制度との構造的な癒着に帰着することとなる。
「JAが保管していた備蓄米をJAが落札」?制度のねじれと矛盾
今回の騒動では、JAが自ら保管していた備蓄米を、入札で「落札」し、それを再び流通に回すという“ねじれ構造”が浮上した。これは、多くの国民が「備蓄米は国営倉庫に保管され、必要時に政府が民間に放出する」というイメージを持っていたのとは対照的な実態である。
JAが倉庫に備蓄米を保管し、さらに落札して販売する。このプロセスにおいて、保管料と販売収益という二重の利得構造が成立していたのだ。もしここでJAが、放出を急いで在庫を市場に供給すれば、当然、保管料収入は減少する。そのため、流通を意図的に遅らせるインセンティブがあったのではないか、との疑念すら浮かんでいる。
棚上備蓄の転換と「エサ米」問題──コスト増の裏にJAの意向?
2011年以降、日本の備蓄米制度は「回転備蓄」から「棚上備蓄」へと転換された。前者では、数年間備蓄した米を主食用として古米として販売していたが、後者では飼料用や工業用などの「非主食用途」へと販売ルートが切り替わっている。
この変更によって、備蓄米は一定年数を経過すると「エサ米」として格下げされ、結果的に価格も下落し、国民が支払う維持費(税金)は増加している。農水省の試算でも、回転備蓄のほうが財政負担は少ないとされているにもかかわらず、棚上備蓄への転換が進められた背景には、ここにもJAの影響力があったのではないかと一部で指摘されている。
実際、JAは備蓄米を主食市場に供給する役割も担ってきたため、「回転備蓄」で市場が供給過多になることを嫌ったという見方もある。つまり、主食市場の価格維持のために、あえて非主食用に振り分ける制度設計がなされた可能性があるのだ。
「誰のための制度か」問われる政治構造──JA系国会議員の存在
このような制度上の矛盾や遅延、非合理性の背景には、JAの政治的影響力がある。JAは全国に展開する強力な組織であり、選挙では自民党を中心とした「農業族議員」を全面的に支援してきた。農水省とのパイプも太く、農政に対する強い発言権を維持してきた。
こうした政治的後ろ盾によって、JAは自らに有利な制度設計を保持し続けることが可能となっている。その結果、備蓄米の放出すらスムーズに行われず、食料価格の安定という本来の目的が阻害されている現状がある。
農業政策の本質は「国民の食を守る」ことにあるはずだが、今の制度は「JAの経営を守る」ためのものにすり替わってはいないだろうか。
消費者と農家の利益はJAを通さずにこそ最大化する
皮肉なことに、現在最も恩恵を受けていないのは、真面目に米を作る農家と、それを食べる消費者である。農家はJAを通じてしか販売ルートを持たず、販売価格もコントロールされる。消費者はその非効率のツケとして高値で米を買うしかない。
だが近年では、農家が自ら消費者に直販する取り組みも増えてきた。ふるさと納税、EC、業者との直接契約などを通じ、JAを通さずに流通させる「脱JA」の動きも着実に広がっている。これにより、農家は販売価格を自ら設定でき、消費者はより適正価格で安全なコメを手に入れることが可能になる。
政府もいよいよこうした新しい流通モデルの育成を支援する段階にあるべきだ。備蓄米も本来、国家主導の「公的ストック」であるならば、特定団体に委託せず、必要に応じて即時に市場へ流通させるべきである。
おわりに──食料政策の転換点に立つ日本
日本の米市場は、今まさに大きな転換点に立っている。JAという巨大な既得権益に支えられた旧来型の農業構造が、国民の食と財政にとって真に最善であるのか、改めて問われているのだ。
今こそ、利権構造にメスを入れ、農家と消費者の双方が恩恵を受ける「開かれた農政」へと舵を切る時である。透明性のある備蓄制度、迅速な放出メカニズム、公正な価格形成。それらを実現するためには、「JAの影を可視化する」ことが避けて通れない。
そして、問われるのは政治の意思である。JAに支えられた政治家がこの構造を変えられるのか、それともまた、見て見ぬふりをするのか。国民の食卓がかかっている以上、この問題は「農業関係者だけの話」では決して済まされない。
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